選手の誰もが思う。
強くなりたい。
もっと勝ちたい。
そう思うからこそ、
もっと合理的、効率的な練習を求め、
どんどんどんどん無駄を削っていく。
無駄をゼロにすることが一流になるためのすべてだと信じて。
五輪だとか、全日本だとか、最後の試合だとか、
人の期待、舞台が大きくなればなるほど、私もそう思ってしまう。
そう思う時期が長くなってしまう。
結果どうなったか。
ただただイライラする時間が増えただけだった。
何か「無駄な」雑用を頼まれた時とか、
何か「無駄な」時間を作らざるを得なくなった時、
自分が「無駄」と判断したものが視界に映るたびに、
それが自分の今日に組み込まれるたびに、
イライラした。
イライラして、
そのイライラで人間関係を壊したり、
その壊れた人間関係が自分の邪魔をしてきたり、
「無駄」を排除したことによって
より大きく進化した無駄に、
またイライラした。
だからもう、思ったのだ。
生きていく中で、絶対に無駄は無くならない。
目の前の、よくわからないことを楽しむしかない。
結局、今の自分が無駄だと感じている時間は、
一流の選手にとって超大事な時間なのかもしれないのだから。
自分の理解を超えた考え方をしない限り、
今の自分を超えることはないから。
今を楽しむ。それは、今の自分が今を評価しないこと。
どんな時間が、意味のある時間かは、
今の自分が決めることではなく、
より大きくなった未来の自分が決めること。
今の自分にはわかりっこないから、
今できるのは今この時間を楽しんでいくことだけ。
コロナで何も練習できなくなった今を
一流の選手は、どう捉えているのだろうか。
未来のことは誰にも何もわからない、
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