知ったかの世界で。

想像力の限界。

もしくは自分には想像力がないか。

 

父親になって2年経つが、父親の気持ちは父親になるまでわからなかった。

誰もが想像する。相手の立場を。

昔、相手の立場を勝手に想像して

「育児って大変ですよねー」だとか

「自分の娘って可愛いですよねー」

とか言ったりしてた。

逆に気遣って俺は独身だからその分仕事頑張ろうとか、

想像の範囲内で行動してた。

「ようわからんけど、大変らしい」

「ようわからんけど、可愛いらしい」

結局どんなに想像したところで、

実際こうやって父親になって体感したことは、

想像していたのと全然違う「大変さ」と「可愛さ」だった。

 

今、誰かに「育児って大変ですよねー」「自分の子供って可愛いですよねー」って言われても、

「まあ君には分からないだろうな、ほっほっほっ」と返すだろう。

めちゃくちゃ可愛い。

 

なってみないとわからない。

むしろ、ならなくてもわかることってあるのだろうか。

 

ネット社会で、ほぼすべてのことが知れるようになった社会だけど、

実際わかったようでわからないことが増えただけだ。

「知ったかの世界」が限りなく広がっただけだ。

 

 

個人的な想像力の欠如なのか、そういうものなのか。

無職になった時の、感情。

海外で1人でボートを漕ぎに行く、クラブに所属する感情。

勝った時の感情、負けた時の感情。

伝える言葉はたくさんあるけど、その人にしかわからない、

語彙力不足が著しいのか、

完璧な言葉が存在しないだけなのか。

要は、

その立場にいる人間の気持ちは、

その立場にいる人間にしかわからないということ。

 

だからこそ、

その立場にいる人をとりあえず尊重しましょう、ということ。

だからこそ、ついでに、

その立場にいる自分も尊重しましょう、ということ。

 

知れる世界だからこそ、知ったかになりやすくて相手を軽く見やすい世界だからこそ、

経験をそこまで自信に繋げられない、すぐ比較できて、だいたい自分が下だと思わせてくる世界だからこそ、

お互いを尊重し合いましょうということ。

そこにいるって、そこにいる人しかわからないから。

 

昨日火曜サプライズで、ウエンツ瑛士さんのイギリス留学特集をやっていて、

ほとんど同じ感情だったので驚いた。

立場が全然違うから、これもまた、思い違いなのだろうけど。

大人のわさビーフの美味しさは、大人のわさビーフを食べた人間にしかわからない。

経験しよう。

やってみよう。

そして、経験者を、尊重しよう。

 

自分には自分にしかわからない感情を持っている。

それだけで、胸張って生きていっていいと思いませんか。

「俺の気持ちなんて誰もわかんねえだろ!!」ってブチ切れる人がいるし、たまに私もキレたくなりますが、

「誰も自分の気持ちがわからない」って素晴らしいじゃないですか。

誰も理解できない感情をこの自分が持っている、

それだけで、生きる意味がある。自信を持てる。

そう思いませんか。

できるだけ相手のことを想像して、

必ず足りない部分があることを尊敬して、

できるだけ自分を伝えることに全力を尽くして、

必ず伝えきれない部分を、大切にしまっておこう。

以上、尊重っていう訳のわからない話

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