「セカンドキャリア」という言葉があまり好きじゃなく、うーんとなっていたところ、
先日FISA(世界ボート協会)の会長のローランさんの講演会に出席した時に
出会った会長の言葉が衝撃的だった。
「セカンドキャリアではない。デュアルキャリアだ。」
要は、選手生命が終わって、それから次どうしようか考えるのではなく、
選手生命の中で、キャリアを同時進行させていくのだ。
ということだった。
「同時進行」、という表現が初耳で、素晴らしく、
多分日本人でしている人は結構少ないんじゃないかと思う。
日本的な考えで言えば、選手が引退後のことを考えるなんて、
ましてや一つ以外のことに「浮気」するなんてけしからん、だろう。
「選手として生きろ!!人間として生きるのは選手が終わってからだ!!」
そんな声が聞こえる。
「負けて引退、怪我して引退、そんなことを考えてる暇があったら練習しろ。勝てば全て報われるんだから。
練習不足だから、勝つ自信がないから、真面目にやってないからそんな考えが出るんじゃないのか」
という声も聞こえてきそうだ。
でも、考えてみてほしい。選手は選手である前に、みんな人間なのだ。
中野紘志という人間の一つの表現方法としてのボートがあって、
中野紘志という人生の表現方法としてボートがある。
他の選手もそうだろう。
自分自身の実現のために、その一つの手段として、そのスポーツがある。
そうした考えであれば、キャリアの形成なんて、デュアルどころか3つ4つあってもいい。
ボートが全てを叶えてくれるわけじゃないし、それは他のことにも言える。
これができれば、君は最高、そんな「これ」はこの世の中に存在しない。ボートが全てならみんなボートやってる。
「人生を通して、何がしたいか、それができれば最高。」それだけがある。
中野紘志はどうやって生きていきたいのか。何を人生に使いたいのか。
お金の使い方で困るより、時間の使い方でもっと困ったほうがいい。
結局中野紘志は何がしたいんだろうなあ、とリオ後から思い、
とりあえず一橋行ったのは経済の勉強したかったからだったなと思い出し、
お金の勉強をしようとファイナンシャルプランナーの勉強をし、
英語の勉強をしたくなったからなんとなく留学する予定もないけどtoeflの勉強を始めました。
チームの中で弱かったり、自分みたいに世界で全く手の届いてない人間が、ボート以外のことをすると、
「中野は他に逃げた。勝てないと思うから保険を作ってるんだあああ!!!」
という声も聞こえてきそうだ。そんなことないか。
でも、サッカーの本田圭佑選手みたいに、選手でありながらクラブの経営者をする、とまではいかないけど、
そういった選手でありながら本田圭佑である、という生き方に強く共感するのです。
もし、ボートもできて、しかも他でもキラキラしてる選手がいたら、
これからボートを始める子供たちにとっても良いだろうし、
選手にとっても、選手でもあり自分でもある人生を歩んで良いんだ!!ってなって
良いのだと思っています。
天下のオックスフォード大学は、
世界ランキング何位の大学でありながらオリンピックメダリストがゴロゴロいるし、
そういう日本では考えられない感じの人間の一人になれたら良いなと思う。
選手が自分らしく生きられるスポーツ界。そんなの良くないですか?
選手として生きる方が、多分よっぽど楽だから。
自分らしく生きることが、よっぽど要求されるから。
そのためには、人の三倍頑張らんとな。
頑張ろ。
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