料理と掃除と、時々わたし。

料理が好きだ。

それっぽいレシピを探して、それを守れば、

たいていの場合美味しい料理ができる。

20分、30分ですぐできる。

1日、または数日間、漬け込む料理もあるけれど、

だいたいそんなに手間をかけることなく、作ることができる。

 

自粛の毎日が始まって、

とりあえずすることもないから、料理をするようになって、

だいぶレパートリーというか、作ったことのない料理も作れるようになった。

料理が好き。

 

好きな理由は

やり方がどこかしらに書いてあって、

結果がすぐ出て、

原因がすぐ分かるから。

 

スポーツの場合、そうはいかない。

何ヶ月も、何年も時間をかけて、

やっと結果が出たと思ったら

たいていはほろ苦い味、甘美な味にはなってくれない。

かといって、何が原因かなんてわからない。

自分で考えてねの世界。

おそらくは、トレーニングの種類、分量、順番を間違えただけなのに、

なぜか「俺は何をしてもダメなんだ」と自己否定に走る。

自分を好きになるために始めたスポーツが、

いつの間にか、より嫌いになるきっかけにもなる。

料理の世界も、自己否定に走るのだろうか。

よく知らないけれど、とりあえず

スポーツは、不思議だ。

 

スポーツを料理だとして例え続けると

「今、○○選手が練習に取りかかりました!」

と日本中に報道される選手(人気シェフ)もいれば、

人知れず世界選手権から帰国する無名シェフもいる。

 

スポーツという、選手が作る料理を

どれだけの人が食べてくれるかというのは無限大であり

もの凄い美味しい料理ができても自分しか食べない(人知れずベスト更新など)

こともあれば、

五輪メダルのようにものすごく多くの人が泣きながら食べてくれることもある。

不思議な世界。

 

もちろん、本当の料理の世界を極めようとすれば、

スポーツで極めようとするのと同じように

難解な世界へ突き進むようになるのだと思う。

私は料理を極めようと思っていないし、それなりの味ができれば充分だからこそ、

シンプルな世界だと勝手に思えるだけなのだろう。

 

この10数年間、スポーツという料理課題を難解に考えすぎていて、

自粛生活によって訪れたなんちゃって料理生活が、

なんともシンプルで楽しい。

 

料理だけでなく「掃除」も、ちょっとしたらすぐ綺麗になる。

どこが汚れているか、そこを見つけて、そこを綺麗にすれば、綺麗になる。

なんと単純でわかりやすいのか。

ダスキンの人からすれば、私の掃除なんて鼻息程度かもしれないが、

私からすれば大きな変化なのだ。

 

目標があり、

行動して、

結果を出す。

 

長い長いスランプで、

何と自分の努力が実らないことよ、と嘆いているそこのあなた、

料理と掃除はオススメです。

努力が実る経験がすぐできて、

そして、少なくとも家族は喜んでくれる。

美味しい料理を少なくとも自分以外の人も食べてくれる。

その延長に、五輪メダルがある。

 

と、一人妄想にふける。

さあ、今日は何作ろっかな。

どんな人間になろうかな。

何十年モノの自分という料理を、できるだけ美味しくしたいものよ。

 

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